馬刺しで有名なのは熊本や長野飯田市、会津ですよね。
その中でも特に熊本は有名です。
なぜ熊本は馬刺しが有名になったのでしょうか。
名物になった背景にはどういった歴史があるのでしょうか。
その歴史をちょっと紐解いていきましょう♪
400年前に時代が動いた!
今から400年前、その歴史は始まっていきます。
戦国時代も終結し、日本にも少しの平和な時代が到来しました。
羽柴秀吉が天下を取り、全国制覇を成し遂げました。
天皇から豊臣姓をもらい、豊臣秀吉となります。
豊臣秀吉の次の狙いは日本ではなく朝鮮だったのです。
天下統一だけでは気が収まらず、朝鮮も奪っていこうという考えです。
有名な朝鮮出兵が始まった年が「1592年」なのです。
豊臣幕府が崩れはじめた原因ともいわれていますね。
馬刺しにとっては好機な歴史
日本にとっては朝鮮出兵は苦い歴史となりました。
兵は疲れ果て、豊臣秀吉の家計状態も火の海です。
大名たちも秀吉に愛想を尽かす状況になりました。
そんな朝鮮出兵で活躍した加藤清正という人物がいます。
秀吉に幼少期から使えた超やり手のサムライです。
そんな彼も朝鮮出兵でかなり疲れ果てるのです。
兵糧もそこをつき、食べるものが何も無い。
そんな状況に追い込まれたのです!
生きるか死ぬか。。
そこの目を付けたのが軍馬だったのです。
目をつけられた軍馬はかわいそうですが。
馬の肉を食べてみたところ、
「う、旨い!!」
加藤清正は驚きました!
しかも力は付き、どんどん元気になっていきます。
軍馬を食した瞬間から加藤清正は馬肉の虜になってしまったのでした。
自国熊本でも
朝鮮出兵も終わり、自国熊本に帰ってきた加藤清正。
そこでも加藤清正は好んで馬肉を食べます。
旨いし、力もつくし、健康にも最適!
そんな素晴らしい馬肉を熊本でどんどん反映させていきます。
熊本は自然豊かですし、阿蘇山は馬を飼育する上で最高の環境です。
広大な土地に澄んだ綺麗な空気。
ここでなら馬も気持ちよく育ってくれます。
そんな極上の馬肉、馬刺しが食べられるということで
熊本は馬肉がどんどん有名になっていくのです。
今から400年前が起源となった熊本の馬刺しカルチャー。
実は加藤清正の生きるか死ぬかという
苦しい出来事がきっかけだったんですね。
苦しさの中こそ希望がある。
まさに加藤清正の苦しみが
熊本の素晴らしい馬刺し文化を生んでくれたのでした。
素晴らしい歴史です!!
朝鮮出兵という歴史には、
実は色々な歴史を生んでいたんですね!
こういった観点から歴史を見てみるとやっぱりおもしろいな〜♪